中学生や高校生は「あの先生は授業が上手い」などと言ったりします。
このように、“授業をする技術”があるのと同じで、
教える側からすると「この子は上手に授業を受けるのが上手い」という”授業を受ける技術”があります。

いま、
授業を受けるのが上手なA君と、
授業を受けるのが上手ではないB君がいたとします。

例えば、板書の際、
A君は、黒板に書いてあることを覚えるもしくは理解してからノートに書きます。
しかし、B君は書いてることをただ写すだけ、もしくは黒板を写せばよいと考えています。

黒板に書いてある1行を覚ええからノートに書くと、それほど時間がかかりませんが、
覚えずにただ写すだけだと、黒板の2~3文字を見てノートに写し、また黒板を見てノートに写し・・・、というように、上を向いたり下を向いたりの繰り返しなので、時間がかかります。

ノートに書き終わっているA君は、その後の先生の説明もしっかり聞くことができますが、
まだノートに書き終わっていないB君は、説明をしっかり聞くことができず、理解が不十分になります。

A君は黒板を写すことより、先生の説明を理解することの方が大切だと知っているので、
先生が黒板の前で大事なことを説明をしているときは手を止めてでもそれを聞きますが、
B君は説明を聞いて理解するより、黒板をノートに写すことの方が大切だと考えています。
B君タイプの中には、説明を聞くよりも、ノートをカラフルにすることの方が大事と考えている子もいます。

先生が「じゃあ教科書の○ページを開いて」と指示したとき、
A君はその指示に従って、すぐの教科書のそのページを出しますが、
B君はその指示をしっかり聞いていなかったり、
何かをしてから(机やかばんの中から何かを出したり、何かを片付けたり)
教科書のそのページを出すので、ワンテンポ出遅れ、最初の説明を聞き逃します。
それが原因で理解できず、問題が解けないこともあります。

また、丸付けの際、
A君は答え合わせが始まると、問題を解くのをやめて赤ペンを用意しみんなに合わせて丸付けをしますが、
B君は数問答え合わせが終わったところで解くのをやめ、最初の何問かは周りの人のテキストを覗き込みながら丸付けをします。

私も含め、いまの30代~40代の大人が小学生のころは、
丸付けが始まったのに解くのをやめず、隣の子に答えを聞いたりすれば当たり前のように叱られましたし、
このような理由で叱られている子がいれば”当然だ”と周りも思っていました。

しかし、最近の小学校では、
”先生が説明しているときはしっかり聞く”、”先生の指示に従って授業を受ける”というしつけがあまりされないので、B君タイプの子は結構多いです。

当塾のある卒業生が大学生になって、教育実習に行きました。実習から戻ってきた後で、
「中学校って、丸付けが始まってもまだ粘って問題解いてる子って多いでしょ」と聞くと「多いです」と答えが返ってきました。

同じ授業を受けて、授業を受けるのが上手なA君は学力を10伸ばすことができても、
授業を受けるのが上手ではないB君が伸ばせる学力はそれ以下です。

当塾の少人数コースに長く在籍している子はA君タイプの子が多いです。
しかし、少人数コースに入ったばかりだと、B君のタイプの子もいるのですが、
そのような子も時間をかけてA君に育てていきます。

以前印象的だったのは、
中3の夏から入ってきた男の子で、まさにB君タイプの子がいました。
他の生徒たちが前を向いて私の説明を聞いているのに、
その子だけが下を向いてばかりでしたので、よく注意しましたし
(教える側からすると、一人だけ違う方向を向いていると目立ちます)、
授業中、その子を外に呼び出して、注意されている理由を説明しましたが、
本人はお行儀よく授業を受けているつもりなのに、自分ばかり注意されるのでびっくりしていたようです。
しかし、すぐに慣れて上手に授業を受けることができるようになり、成績も結構伸びました。
高校受験が終わった後、その子に「塾に入ったばかりの頃、先生によく注意されてたけど、今じゃあどうして注意されていたのか分かるでしょ」と聞いたら、ゆっくり「うん」と大きくうなずいていました。
人の話を上手に聞く技術は今でも役に立っているはずです。